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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)3132号 判決

控訴人

千葉日野自動車株式会社

右代表者

宇賀正春

右訴訟代理人

藤本昭

被控訴人

石井敬明

被控訴人

石井正

右両名訴訟代理人

大日向節夫

主文

一  原判決主文第一項を取消す。

二  被控訴人らの右取消にかかる部分の請求を棄却する。

三  控訴人の本件控訴中その余の部分を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じて二分し、その一を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

との判決

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

との判決

第二  当事者の主張、証拠

当事者の主張及び証拠の関係は、次に付加、訂正するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

一  原判決二枚目表一〇行目の「訴外伊沢一男」の次に「(以下「伊沢」という。)」を、同三枚目表九行目「売買契約」の次に「(以下「本件契約」という。)」をそれぞれ加え、同一一行目から同裏四行目までを次のとおり改める。

1  本件契約の締結日、買主及び売買価格が不明確である。

本件契約締結日については、甲第一号証(売買契約證)には昭和五一年五月一日と、乙第一四号証(評価書)には昭和五二年九月とそれぞれなつており、本件契約は、本件不動産に対し任意競売の申立てがあつたため慌てて形式的に締結されたものと考えられ、また、被控訴人らは、買主は被控訴人らで売買価格は金一五〇〇万円であると主張するが、前掲乙第一四号証には、買主は被控訴人らの父訴外石井満で代金は金一三〇〇万円との記載がある。このように、本件契約締結日、買主、売買価格がいずれも極めて曖昧であることからも、本件契約は、虚偽表示による無効なものである。

2  売買契約書及び代金領収書の作成に不自然なところがある。

前掲甲第一号証(売買契約證)の買主及び売主の各名下には、いずれもいわゆる三文判が押捺されており、しかも、買主である被控訴人両名については同一の印章が使用されている。また、同日、同一場所で作成された前掲甲第一号証と甲第二号証(昭和五一年五月一日付領収証)の伊沢名義の各印影は異なつた印章によるものである。更に、甲第二号証から第一二号証までの各領収証には、伊沢の同一の印章が使用されているが、多種の印章を使用している伊沢が長期間にわたつて作成された右各領収証に同一の印章を使用したとは考えられないので、右各領収証は同一の機会に一度に作成された疑いが強い。このように、前記「売買契約證」や「領収証」にはその作成自体に不自然なところが多い。

3  代金支払方法が不可解である。

本件契約において残代金(金一二〇〇万円)に関する支払方法についてのとり決めがなされていないが、通常、不動産取引において売買代金につき明確な支払期日の定めのないことなどは考えられない。

4  その他、被控訴人ら及びその父(石井満)が、昭和五一年五月一日当時、本件不動産をその登記簿を全く調査せずに買受けたとしている点や、被控訴人らには柏市今谷上町に住居があり、本件不動産を購入して転居する必要性が全くなかつたことなどから判断すれば、本件契約は虚偽のものである。

二  同三枚目裏七行目の「伊沢との間」から八行目の「であり」までを、「伊沢との間には、本件不動産を売買する意思がなかつたのに、あるもののように仮装したものであり」に改め、同一一行目の次に、次のとおり加える。

四 右主張に対する被控訴人らの答弁

本件契約が虚偽表示によるものであるとの点を否認する。

三  被控訴人らの主張

1  控訴人に対し本件仮登記に基づく本登記につき承諾を求める理由は、次のとおりである。

(一) 伊沢は、昭和四七年四月一一日、訴外八木農業協同組合(以下「組合」という。)との間で、極度額を金六〇〇万円、債権の範囲を農業協同組合取引その他として、本件不動産につき根抵当権設定契約を締結し、同月一二日、その登記がされた。

(二) 組合は、昭和五三年二月二八日、右根抵当権の実行として、千葉地方裁判所松戸支部に本件不動産に対し競売の申立てをし、右は同裁判所昭和五三年(ケ)第三二号不動産競売事件として係属し、同年三月一日、千業地方法務局流山出張所受付第二七七一号をもつて任意競売申立の登記がされた。

(三) その後、控訴人は、請求原因1記載のとおり、本件不動産に対し強制競売の申立てをし、同裁判所昭和五四年(ヌ)第四四号強制競売事件として受理され、前記不動産競売事件に記録添付された。

(四) 伊沢は、昭和五五年四月二日、組合を被供託者として、前記根抵当権の被担保債権元金四四五万円、利息及び損害金一二三万六四五三円、競売手続費用金二五万四八〇〇円、合計金五九四万一二五三円を同法務局松戸支局へ弁済のため供託した。そして、右供託により右競売たる根抵当権の消滅したことを理由に同裁判所に不動産競売開始決定の取消しと競売申立ての却下の裁判を申立てたところ、同年六月四日、右申立てが認容され、その裁判は確定した。

(五) 右競売開始決定の取消しと競売申立ての却下によつて、記録添付されていた控訴人申立てにかかる強制競売手続が続行され、控訴人は、本件不動産の登記上の利害関係人となつたものである。

(六) したがつて、被控訴人らは控訴人に対し、本件仮登記に基づく本登記につき、控訴人の承諾を求めるものである。

2  仮登記のままで承諾の意思表示を求めうることについて

被控訴人らが、請求原因2ないし4記載のとおり、伊沢から本件不動産の所有権を完全に取得し、一方、右1(五)のとおり記録添付されていた控訴人申立てにかかる強制競売手続が続行され、控訴人は本件不動産の登記上の利害関係人となつたのであるから、被控訴人らは、不動産登記法一〇五条第一項(第一四六条第一項)の規定により、仮登記のままで控訴人に対し承諾の意思表示を求めることができる。

3  前記千葉地方裁判所松戸支部昭和五三年(ケ)第三二号不動産競売事件(同裁判所昭和五四年(ヌ)第四四号記録添付事件)は、競落許可決定が確定した段階で、手続が事実上停止され、そのまま現在に及んでいる。

四  右主張する控訴人の認否

被控訴人ら主張の1(一)ないし(四)、3の事実を認め、その余の主張を争う。

五  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実及び被控訴人らの主張(事実摘示三)1(一)ないし(四)、3の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二ところで、被控訴人らは、本件仮登記に基づく本登記について控訴人の承諾を求めるが、控訴人は、前記一のとおり、本件不動産に対し強制競売の申立てをし、記録添付となつた債権者ではあるが、本件不動産の登記面上には控訴人の権利につき何ら記載がないのであり(このことは記録添付の性質及び〈証拠〉によつて明らかである。)、たとえ、被控訴人ら主張のように、根抵当権の実行として既に開始されていた任意競売手続が根抵当権の消滅によりその競売開始決定が取消され、競売申立てが却下されたとしても、登記面上に控訴人の権利につき記載のないことには変わりはないから、控訴人は、不動産登記法第一〇五条第一項の規定により準用される同法第一四六条第一項の「登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者」にはあたらないので、本件仮登記に基づく本登記の申請書には、控訴人の右本登記についての「承諾書又ハ之ニ対抗スルコトヲ得ベキ裁判ノ謄本」を添付することを要しない。したがつて、控訴人に対し右の承諾の意思表示を求める被控訴人らの請求は理由がない。

三次に、被控訴人らの第三者異議の訴えについて判断する。

1  〈証拠〉によれば、被控訴人らは兄弟であり、昭和四五年ころから千葉県流山市内の工場でメッキ加工業を営み、共に同県柏市内の住居から通つていたが、通勤等に不便であつたため、右工場の近くに居宅を設ける計画であつたところ、被控訴人らの兄の友人である伊沢から同人所有の本件不動産の売買の話が出て、前記工場からも近く、適当な広さの土地、建物であつたことから、被控訴人らにおいてこれを購入することになり、昭和五一年五月一日、伊沢と被控訴人らとの間で、代金一五〇〇万円、契約時に手付金として金三〇〇万円、昭和五二年四月末日までに残代金一二〇〇万円を支払う約で本件不動産の売買契約が締結されたこと、被控訴人らにおいて、契約時に金三〇〇万円、昭和五二年二月二五日までに金一〇〇〇万円、合計金一三〇〇万円の売買代金を支払つたが、そのころ、本件不動産について組合のため債権極度額金六〇〇万円の根抵当権が設定されていたことが判明したため、被控訴人らと伊沢との間で協議のうえ、右売買契約を合意解除したこと、そのため、伊沢は既に受領していた金一三〇〇万円の返還と違約金の支払をすることになつたが、その資力がなかつたため、改めて本件不動産を購入するよう被控訴人らに依頼し、昭和五二年九月六日、代金一五〇〇万円で、伊沢が既に受領している金一三〇〇万円をその代金の支払に充当し、残金二〇〇万円は、伊沢が組合に負担する債務を完済して根抵当権の登記が抹消されたときに支払う旨の本件不動産の売買予約がなされ、同日、本件仮登記がなされたこと、被控訴人らは、同月末日ころ、伊沢から本件不動産の引渡しを受け、これに居住するようになつたこと、その後、昭和五五年二月八日、被控訴人らは伊沢に対し右売買予約を完結する旨の意思表示をし、同年四月二日、被控訴人らは、伊沢に対し右売買残代金二〇〇万円を支払つたこと、以上の事実が認められ〈る。〉

控訴人は、本件契約は虚偽表示で無効であると主張するが、右主張事実を証するに足りる証拠はなく、前記認定のとおり、本件契約は、伊沢と被控訴人ら間で、真実、本件不動産を売買する意思でなされたものと認められる。

2  不動産につき所有権に関する仮登記を受けている者が実体上当該不動産の所有権を取得している場合において、その不動産に対する強制競売又は担保権の実行としての競売(以下この両者の競売を単に「競売」という。)手続の排除を求めるために、第三者異議の訴えを提起することができるかどうかについて、次に判断する。

仮登記担保契約に関する法律第一五条第二項の規定によれば、同法にいう担保仮登記がされている不動産に対し競売の開始の決定があつた場合において、その決定が、同法第三条第一項に規定する清算金の債務の弁済後又は清算金がないときは同法第二条第一項に規定する清算期間の経過後にされたものであるときは、担保仮登記の権利者は、その不動産の所有権の取得を差押債権者に対抗することができるものとしている。したがつて、かかる場合には、担保仮登記の権利者は、差押債権者に対し第三者異議の訴えを提起して、競売手続の排除を求めることができるわけである。担保仮登記についてのかかる法律的取扱いの趣旨は、清算金の弁済又は清算金がないときの清算期間の経過によつて、担保仮登記の権利者は、実体上完全に当該不動産の所有権を取得し、他方、担保仮登記によつて実質上担保していた債権も消滅に帰する結果、競売の手続における優先弁済権の行使があり得なくなると同時に、競売の手続が競落(買受)により完結した後において、担保仮登記の権利者がその仮登記に基づく本登記をすることにより競売をくつがえすことの不都合ないし不経済を少なくする意味において、仮登記のままで差押債権者に所有権の取得を対抗せしめ、第三者異議の訴えにより事前に競売手続の排除を求める機会を与えているものと解される。

ところで、昭和八年四月二八日大審院判決(民集一二巻九号八八八頁)は、「強制競売手続ニ依ル譲渡ハ之ヲ以テ仮処分権利者ニ対抗スルコトヲ得ザルモノナルヲ以テ仮処分権利者ハ右強制執行ノ目的物ノ譲渡ヲ妨グル権利ヲ有スルモノニシテ民事訴訟法第五四九条ノ規定ニ依リ該強制執行ニ対シ異議ヲ主張スル権利ヲ有スルモノト解スルヲ相当トスル」ものとしている。処分禁止の仮処分のうち、少なくとも競売の目的たる不動産の所有権が仮処分権利者に帰属しており、その所有権を被保全権利とするものにあつては、競売に基づく換価処分と矛盾し、両立し得ないものであるから、かかる仮処分の債権者は、第三者異議の訴えにより競売手続の排除を求め得るとすることは、それなりに合理的意義を有するものと解される。けだし、処分禁止の仮処分における処分を債務者の任意処分のみならず、強制的換価処分をも含むものとする以上(少なくとも被保全権利が所有権である場合には、かかる解釈を採らざるを得ないであろう。)、登記された仮処分の効力として競落人(買受人)の所有権取得は仮処分権利者に対抗することができず、結局、競落(買受)の失効ひいては競売手続自体の覆滅に帰着するものであるから、かかる仮処分権利者の第三者異議の訴えによつてその手続を中途において排除せしめるのがより合理的、経済的であることは否定し得ない。この場合も、仮処分権利者すなわち所有権者は、仮処分の登記を受けてはいるが、所有権そのものの取得の登記は受けていないのであるから、所有権の取得を差押債権者に対抗できる筋合ではなく、さればこそ前掲判旨も「強制執行ノ目的物ノ譲渡ヲ妨グル権利」を有するものとしているのであろうが、所有権に関する仮登記権利者にあつても、仮登記の順位保全の効力によつて、強制執行の目的不動産の競落(買受)による所有権の取得を結局否定することができるのであるから、彼此の間にさしたる逕庭はなく、第三者異議の訴の許否に関しては、実質的に同視してさしつかえないわけである。既に昭和四九年一〇月二三日最高裁判所(大法廷)判決(民集二八巻七号一四七三頁)は、仮登記担保契約に関する法律の制定される前のものであるが、仮登記担保権者が競売手続の開始に先立つて、所有権の取得を原因として仮登記に基づく本登記又はその承諾の請求訴訟を提起している場合、これと牴触する競売手続の排除を求めることができるものとし、さらに、仮登記担保権者が換価後の清算を必要としない場合、競売手続が長期にわたつて停止し、迅速な債権満足を得る見込みがない場合等、特に自己固有の権利の実行について正当な法的利益を有する場合には、先行の競売手続の排除を求めることが許されるものとしているのであるが、もともと仮登記担保権者に競売手続に参加して優先弁済権の行使を許すのは、これを許さないとした場合、「折角開始された競売手続が仮登記担保権の実行によつて覆滅され、更には、競落が確定したのちにおいても競落人の取得した所有権が追奪されることとなる等、競売手続の安定を著しく阻害する結果を生じることを免かれない」からであるところ、かかる競売手続と仮登記担保権の実行との関係の合理的調整を超えて仮登記担保権者の法的利益を保護すべき場合には、競売手続の排除(それは第三者異議の訴えによるものである。)を求めることを許すことも止むを得ないとしているのである。すなわち、仮登記担保としての所有権移転に関する仮登記についてではあるが、仮登記のままで(従つて所有権取得を第三者に対抗できないけれども)、競売手続の排除を求める第三者異議の訴えを肯認しているのである。

そこで、これを仮登記担保でない純然たる所有権移転に関する仮登記、例えば売買により目的不動産の所有権を取得した者が所有権移転の仮登記を受けている場合について考えるに、かかる仮登記権利者は、目的不動産の競売手続に参加して優先弁済を受けるというようなことはあり得ないのであつて、仮登記担保契約に関する法律第一五条第二項の清算金の債務の弁済後又は清算金がないときの清算期間経過後の担保仮登記、すなわち所有権が担保仮登記権利者に移転し、優先弁済権の行使があり得なくなつた仮登記と軌を一にし、同視し得るものである。そして、このような仮登記について、競売手続の排除を求める第三者異議の訴えを許さない場合には、先順位の担保仮登記の場合と同じく、競売手続が競落(買受)により完結した後においても、競落人(買受人)の取得した所有権が追奪されることとなり、競売手続の安定を著しく阻害する結果を生ずることには変わりないわけである。従つて、担保仮登記でない純然たる所有権移転に関する仮登記についても、仮登記担保契約に関する法律第一五条第二項の規定に準じ、少なくともその仮登記権利者が実体上所有権を取得している場合にあつては、第三者異議の訴えを許すのが合理的であると解する。

3  しかして、前記1のとおり、伊沢と被控訴人らとの間で、真実、本件不動産を売買する意思で本件契約の予約がなされて有効に所有権移転請求権の仮登記がなされ、被控訴人らにおいて、昭和五五年二月八日、適法に予約完結権を行使し、同年四月二日、残代金を完済したのであるから、被控訴人らは、本件不動産につき実体上所有権を取得したものであることが明らかであり、他方、控訴人の強制競売の申立ては被控訴人らの前記仮登記後になされたものであるから、したがつて、仮登記権利者である被控訴人らは、右所有権の取得をもつて差押債権者である控訴人に対抗することができ、被控訴人らの本件不動産に対する競売手続の排除を求める本訴第三者異議の訴えは、理由があり、これを認容すべきである。

四以上のとおりであるから、被控訴人らの本訴請求のうち、控訴人に対し本件仮登記に基づく本登記をするにつき承諾を求める部分の請求は理由がなく、これを認容した原判決主文第一項は失当であつて、右部分に関する本件控訴は理由があるから、原判決主文第一項を取消し、被控訴人らの右承諾を求める部分の請求を棄却することとし、また、第三者異議の訴えについては理由があり、これを認容した原判決(主文第二項)は結局相当で、右部分に関する本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、第九三条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(香川保一 越山安久 吉崎直彌)

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